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(第3話)咽頭と食道そして胃のしくみを知って健康な馬にしよう
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(1)咽頭(いんとう)とは、のどの奥を言う。軟口蓋(なんこうがい)で鼻部と口部と咽頭部に分けられる。
そこは呼吸器と消化器の共通部分でもある。 |
(2)食道とは、読んで字のごとく、食物の通り道で、咽頭に始まり、胃に達するまでの筋肉性の長い膜の管である。 |
(3)胃とは、食道から送られた食塊(しょっかい)を一時的にとどめておき、胃液を混じて消化作用を進める部位である。
食道から入る部分・噴門部(ふんもんぶ)と十二指腸へ出す部分・幽門部(ゆうもんぶ)の出入り口は、馬では筋層が発達し
確りと閉鎖してしまうので一度に大量の飼料・食塊を飲み込むと胃内で食塊が発酵して胃破裂を発症する。構造的に胃は、
馬では2つの部分(前胃部と腺胃部)、ウシでは4つの胃・部分からなっている。 |
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【1】食塊を食道から胃へ送る仕組み
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1)嚥下運動(えんげ運動:のみ込み)は食物が食道に入ると意思に関係なく、自動的に勝手に胃に送られる随意な運動だが、
ウシ、ヒツジ、ヤギは食道を通じて逆蠕動(カミカエシ)が生理的に行われる。馬はできない。
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2)飼料(食塊)を舌で咽頭(のど)へ送る時、軟口蓋と喉頭蓋(こうとうがい)は食塊が鼻腔と咽頭に入らないように蓋(ふた
・ノドチンコ)で閉じて反射的に気管に送らないで食塊をスムーズに食道へ送り込む⇒これは延髄の嚥下中枢によって統制され
た無意識の嚥下反射運動によって食道から胃へ食塊が流されるもので、蠕動(ぜんどう)運動とも言われる⇔高齢になると食事時
にむせるのは、反射運動が弱ってくるからである⇔誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)になり易い。
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3)この蠕動運動の仕組みは、食塊が進むとその方向の食道の筋肉が緩むと同時に、後方の筋肉が収縮し、この繰り返し運動
の波が胃へと伝わる⇒いわゆる食塊をムカデやアオムシのような動きで胃へと進める運動なのです。 |
4)馬の食道は約140cmと長く、食道壁の筋肉が初めの部位のところだけ自分の意思で動かせる随意筋となっていて、その後
は自分の意思で動かせない不随意筋(自律神経支配)になっているために吐き出せない仕組みになっています。しかも管腔の狭
い部分があり、この部で食道を詰まらせることが多い。 |
5)ヒトでは飲み込んだ食塊は5〜6秒で胃に達する。水は一瞬に胃へ達する。 |
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【2】馬とウシの胃の容積の違い |
1)馬の胃は一個で、胃腸の全体の容積に占める割合は10%で、前半分は食道と同じ粘膜で、食物を蓄積しておくだけで消化
液の分泌は行われません。 |
2)消化が行われる部位は、胃底腺部(いていせんぶ)と小腸へ食物を運ぶ幽門部(ゆうもんぶ)であり、ここでは強酸性の
胃液を盛んに分泌しています。1日30Lくらい分泌しています。 |
3)ウシは、四個の胃で消化管の約70%を占めている。 |
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【3】胃の役割 |
1)馬の胃は体の割に小さい
馬の胃は、小さく、半分が食道の延長で消化する機能がないので、食べ物が十二指腸へと通過するのは約90分と比較的速い。
飼料の多くは小腸へ移行してから分解・吸収されます。 |
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【胃の形態と粘膜区分】:馬の胃は、体軸の左側にあり、横隔膜や肝臓で覆われるように位置している。
胃はそれぞれの役目を持って大まかに食道の延長の前胃(茶色)と胃の底にある腺胃に区分されている。 |
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上図は動物によっては胃粘膜区分の占有面積が異なることを示している。 |
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2)出走前は食べさせない!!
競走馬や乗馬は、レースの4〜5時間前には食べ終わらせ⇔競走や馬術の時には胃は空にしておくことが速く走らせたり、上手
く飛越させる秘訣です。 |
3)食塊の通過が速いので注意を!!
1)馬は食物の胃内通過が速いので、よく腹がすく。そのため休んでいる時でも絶えず口を動かしたくなる。なにも無いと、
馬栓棒を支点に空気を飲み込む(グイッポとも言う)悪い癖を憶えてしまう。
2) ウシは多量の水を飲み、馬は大食といわれ『牛飲馬食』と言う諺があるが、これは馬の胃の仕組みを知らない人の言葉で
ある。 *ウシは200Lを超える胃をもっているので胃に大量の餌をストックして消化するが、馬は10〜18Lの容積なので、食
物を大量に詰め込むのは大変危険なことである。 |
4)強酸性胃液で食べ物を分解
胃底部で強い酸性の胃液で浸潤された食べ物は分解が進み、幽門部ではかなり酸度が低くなり⇒腸管に移行する際には更に
アルカリ性の腸液で中和⇒弱アルカリ性に変えられて腸管を流れる⇔小腸粘膜が酸性の強い胃液で侵されない理由となっている。 |
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【4】馬の食道の特徴 |
1) 馬は長く(140cm)内空が狭い、液体嚥下量は150〜300cc/1回。 |
2) 反芻獣・ウシの特徴;ウシの長さは100cm、内空が広く、液体嚥下量は500〜750cc/1回。ヒトで約25cmの細い管
で胃の噴門に連なる。 |
3) 嚥下に要する(胃に達する)時間;馬(60〜80秒)、イヌ(2〜6秒;30cm)。 |
4) 粘膜;管腔の内面は飲み込むものが冷たかったり熱かったり等の強い刺激性物質に対応するために皮膚などと同様な仕
組みの重層扁平(じゅうそうへんぺい)上皮からなっている。また、食物を通り易くするために粘膜から少量の粘液を分泌し
ている。 |
5) 筋層;自分の意思で動かせる骨格筋・横紋筋と動かせない平滑筋からなるが、馬では横紋筋が心臓の近くで平滑筋に入
れ代り出口の噴門に達している。 |
6) 食道の筋層は部位によって厚さや太さが変る。例えば、ヒトとイヌでは咽頭の入口部分、胸腔内の気管分岐の部分、横
隔膜を貫く個所(噴門部・ふんもんぶ)の3ヵ所で筋層が厚く腔が狭くなる。馬では気管支分技部と噴門部、ウシでは気管支
分技部などで狭い⇒動物によっては自分の意思で動かせる横紋筋の分布が一様ではない。この狭い部分を生理的に食道狭窄部
と言い、通過障害(馬では食道梗塞;ノドヅマリなど)を起こし易い部位でもある。 |
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【左側:食道の蠕動運動】
咽頭から飲み込まれた食塊は食道筋層の働きで、収縮と弛緩を繰り返しながら胃(噴門部;ふんもんぶ)へ送られていく。
【右側:家畜と人間の食道における生理的狭窄部位】 食道には動物によって管腔の狭い部位(狭窄部位)があり、特に馬では気管支分岐部と横隔膜を貫いて胃(噴門部)に入
る部位で狭くなり、食道梗塞(ノド詰り)が起こりやすい。 |
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【5】馬の胃の特徴 |
1)胃壁の構造 |
① 胃壁は外側から漿膜(しょうまく)、筋層(きんそう)、粘膜(ねんまく)からなるが、筋層は胃粘膜に近い内側を斜走(しゃ
そう)筋層、中間を輪走(りんそう)筋層、外側を縦走(じゅうそう)筋層で筋線維の走行の異なる3層からなっていて、それぞれ
の筋線維の動きが同時に動き、しかも異なっているために飼料が胃液と十分に混和される仕組みになっている。 |
② 胃粘膜の表面には、多くの粘膜襞(ねんまくひだ)があり、胃の拡張や食塊(しょくかい)を撹拌(かくはん)するのに都合が
良いようになっている。 |
③ 粘膜には胃腺(粘液腺:ネバネバした液体を分泌)があり、胃粘膜を粘液でコーテングして胃酸から守っている。 |
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【左側】:観光牧場での鞍付けされたドサンコ達。【右側】:シャロレー牧場の指導員とドサンコ。 |
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2)胃の粘膜部分(馬の胃粘膜は大まかに2つの部分からなっている) |
① 前胃部(食道部); 馬は食道粘膜の連続で、全粘膜の1/3〜2/5を占めている。食道から連続した胃腺を含まない重層扁
平上皮からなり、機械的に飼料を撹拌(かくはん)する役目から粘膜と異なり磨り減らない丈夫な構造・仕組みになっている。 |
② 腺胃部;
*噴門腺部(粘液腺を持っている);馬のこの部は筋層がよく発達し胃を閉鎖し、食塊を食道に逆流させない働きをしている
⇔馬は嘔吐が出来ない理由。
*胃底腺部(いていせんぶ;粘膜上皮は単層円柱上皮で通常の粘膜);
主(しゅ)細胞;塩基性で、漿液性(しょうえきせい)細胞のサラサラした液 体の性質を持つ。タンパク質を消化するペプシン
の分泌をする細胞。
旁(ぼう)細胞;塩酸を分泌する細胞。ペプシンを活性化させ、ビタミンB12の吸収を行っている細胞。
副(ふく)細胞;ネバネバした液体を出す粘液性細胞で、粘膜面の保護の働きをしている。
*幽門腺部(粘液腺);筋層は噴門腺部と同様に括約筋で厚く良く発達し、食塊が胃液で処置されるまで留めておく役目を
している。 |
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馬の胃と脾臓、大網膜、十二指腸を示す。 |
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【馬の胃壁と粘膜の仕組み図】:馬の胃は、草食動物としては理想的な構造を持っている。しかし、あまりにも良く出来
ているために病気に成り易い。日常の食欲や糞便などに十分な気配り・観察をしてあげることが丈夫な胃をつくることになる。 |
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3)胃の容量 |
① 馬8〜15L、豚5.7L、犬1L、山羊30L、牛110〜200L、人では空腹時には約50mlで食塊が入ると1.8Lほどに容積を
広げる。
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② 馬は体の大きさに比べて極めて胃が小さい(人の約10倍)。 |
③ 馬は、牛の第1胃と第2胃(飲水と体温で飼料を膨化させ、微生物の発酵作用で飼料中の粗繊維部分を溶解消化)の作用
を極端に大きな大腸が代行して行っている。 ;
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4)胃液の主な働き |
① 胃内で粥(かゆ)状になった食塊に胃液が浸潤して消化作用が行われる。 |
② 胃液(強度な酸性・pH0.97〜0.80)に含まれるタンパク消化酵素ペプシンは、塩酸によってポリペプチド(ペプトン)
になる。 |
③ 胃腺や胃粘膜上皮細胞から分泌される粘液は、胃表面を覆い、食塊の移動を円滑にし、pHが4〜7である食糜を中和し、
ペプシン作用を抑制して胃壁を溶かす自家消化を守っている。同時に粘液の吸着性によって飼料中の異常成分と結合し、飼
料の機械的・化学的刺激から守っている。この防御に異常を来たすと胃潰瘍になる。 |
④ 胃液は無色透明、99%が水分、ヒトでは1回の食事で約0.5〜0.7Lの分泌、空腹時で1日約1〜2L。従ってヒトでは採食時
には1日約2.5L以上の分泌がある。 |
⑤ 胃液の主成分は、消化酵素、塩酸、粘液性で強酸性(pH1〜2)である。 |
⑥ 胃液分泌の仕組み;脳からの働き(45%)、胃(45%)、腸(10%)の三部分から起こっている。従って、この3者が
上手に働かなければ胃の病気・食欲減退になる⇔馬は神経質なので日常はリラックスさせることが肝要である。 |
5)胃のノウハウ |
① 胃は心理的な影響を受けやすい。
*若いウマや血統の良いウマは、非常に神経質であることが多いので、胃への影響が大きい。生まれが良ければ一層身の回り
の事が気になる。特に牝馬の場合、女性と同じ様にちょっとした気配りをしてやるか又は褒めてやるとうまく育つ。
*イライラしているときは、胃液の分泌が極端に減り、食物は通常の2倍も長く胃の中に留まるので注意が必要。 |
② 胃潰瘍発症メカニズム;ストレスにより→神経機能不全・減退→血行障害・血管収縮→血液少なく胃粘膜上皮の機能低下
→粘液生産(粘膜上皮の保護)力の低下・防御能力低下→胃酸(塩酸、強酸性)で胃粘膜が侵される。 |
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【胃・十二指腸潰瘍模式図】⇒ストレスなどの循環障害で正常な粘液分泌である上皮細胞の副細胞、更には塩酸分泌
の旁細胞などに異常な調節分泌が起こり⇒タンパク質分解のペプシノーゲン分泌の主細胞の役割分担が崩れることで
潰瘍となり、最終的には孔(穿孔)があいてしまう。 |
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【急性胃炎と慢性胃炎(萎縮性胃炎)の仕組み】⇒ストレスなどによる胃酸や粘液の分泌調節の狂いや、刺激性物質
(アルコール、コーヒー)などによる胃粘膜破壊などによって急性胃炎や慢性胃炎になり、食欲が減退し痩せてくる。
人間も馬も同じである。 |
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③ 胃へ馬虻幼虫寄生→寄生すると潰瘍や栄養失調の発症→糞(ボロ)と共にウジとして外界へ→ウマバエ→皮膚に
産卵→馬に食べられ→胃の中で約300日間生活→小腸→大腸→肛門→自然界で孵化(ふか)⇔このサイクルを繰り返す
⇔胃の中にいる間に駆虫を行うこと。 |
④ 胃の内容物は2〜4時間で小腸へ送られる(馬では肉食獣から逃げるために人間などよりも早く小腸へ送られる)。 |
⑤ 胃が小さいので少量ずつ何度も食べさせてやること。 |
⑥ 若いウマ;無制限なエン麦等の給与はダメ!(胃に負担がかかり神経系統の調子を乱すことになる)。 |
⑦ 飼葉桶に飼料を満杯にしておかないこと⇔20分位で食べてしまう量にすること)
;桶の中にヨダレ⇒飼葉を酸っぱくする⇒ネズミや野鳥等が入る。 |
⑧ 夜間の飼葉・飼い付け;乾草をネットに容れ吊るしておく⇒乾草に水を霧吹きし、ひとつまみの塩の振り掛けや
泡コバスの利用(おいしく、消化が良い)。 |
⑨ 地面から飼葉をやる利点。
*ごく自然な馬の採食方法である。ゆっくり満足して飼葉を食べる⇒ 唾液の分泌が多くなる。
*自然に口の奥の臼歯へ送り込まれる→ より噛(か)み砕(くだ)かれる。
*飼葉は食道を滑り落ちるのではなく→ 自然に食道を通って胃へと進む。
*喉が広がり、周囲の筋肉は引き伸ばされよく使われることになる。
*前肢の腱が引き伸ばされる ⇒ 腱はしなやかで柔軟⇒5〜6ヵ月の離乳馬の肢は長いが頚の発達が悪い⇒地面に足が
届かない⇔頚部を発達させる。
*若いウマがたらふく食べて→未発達の消化器や腸に負担をかけさせない。
*高い位置の桶の場合:喉(のど)のところでヘヤピン状の曲がりができる⇒飼葉の通過を妨げる⇒気管の障害の原因
となる。 |
⑩ 心配事が多いと胃潰瘍になる理由:精神的ストレス→交感神経の興奮→胃(血管の分布がすこぶる多い)へ分布
している血管の収縮により血量を減少→胃液への抵抗力の低下(胃液の塩酸やタンパク質分解酵素ペプシンにより)
→胃の内壁を溶かす→胃潰瘍。 |
⑪ トリの胃;馬の胃とは異なるが、食道の一部が袋状に拡張した?嚢(そのう)が頸にあり、次いで筋胃(砂袋)と
腺胃が繋がっている。筋胃は石ころや貝殻を歯の代りに入れて、食べ物を粉砕して腺胃に送る仕組みになっている。 |
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