|
(第4話)年齢別・ライフステージ別運動器管の管理
|
@ サラブレッドの多くは、生産、育成、競走期、そして繁殖期とライフステージごとに地域や管理者の異なる環境で
飼育・管理されている。
A 競走馬の病理解剖において、観察される病変の多くは幼駒期から育成期に発症したであろう既往症の基に競走馬の
疾患発症が疑われることから、以下に記述したように発育期の運動器の特性を良く知った上で、飼養管理をされる
ことを期待します。
1)発育期(幼駒から育成馬)のウマの運動器の特性を知ること
@ 成長期の馬の骨は、軟骨部分が多く未完成である。しかも成長途上にある軟骨部分は力学的ストレスに弱いこと。
A 靭帯は骨よりも丈夫であること。そのために育成期の馬は靭帯の障害を受ける前に骨端線・成長帯の損傷
(所謂骨端線炎)を起こし易い。
B 筋肉や腱は成馬に比べて柔軟性が高いので無理な体勢での運動をしてしまうこと。
C 筋肉や腱の発育は骨に比較して緩やかなため、相対的に筋肉や腱は短縮し、常に緊張を受けやすい状態に
おかれています。
D 急激な身体(骨や関節)の発育に相応しい筋力がついていない年齢でもあります。
2)発育期のウマの運動器病の特徴
@ 骨端線・成長帯および関節軟骨の損傷が多くなりますい。
A 筋腱付着部の障害(筋腱付着部炎)の発症を受けやすい状況にあります。
B 過労性骨障害は骨への物理的負荷(一般に疲労骨折や若木骨折などと言われている)によることが多いが、発育途上
にあるので自然治癒力は強い。
C 骨・関節の障害が多く、筋・腱の障害が少ない傾向にあります。
D 骨端線・成長帯への外傷・障害は適切な診断と治療がなされなければ、将来にわたり重大な影響を残すことに
なります。
3)発育期のウマの体力評価:
@ 発育期のウマの体力や運動能力の発達・発育には、自然発育に伴う要素と飼養管理や運動負荷等によって
助長される要素とがあります。
その評価方法の一つとしてトレッドミル運動での最大酸素摂取量
(Vo2max:主に心肺機能を計る方法)測定方法があります。
A 最大酸素摂取量(Vo2max)は、皮下脂肪厚が増加すれば体重当りのVo2maxが低下し、皮下脂肪厚が減少すれば
体重当りの最大酸素摂取量は増大することになります。
B 従って、発育期には、絶対値としてのVo2maxは体重と密接に関連することから、体重当りのVo2maxの変動には
「皮下脂肪の消長」が非常に大きな影響を及ぼすことに注意して計測する必要があります。
C 体重当りで評価すると、体重の重いウマほど体力が過小評価されてしまう傾向にあるので、
ヒトでは体重に0.75を乗じて評価する方が良いとされています。参考にされたい。
左図:装鞍所における出走馬の蹄鉄検査風景 右図:新宿御苑のバラ
|
4)発育期のウマの運動器障害の予防
@ 馬体の精神的発達と肉体的発育に関する構造と機能を知ることが予防につらなることになります。
A 経験則に加えて科学的な方法による適切な個体毎に運動を行うこと。
B 牧場の環境を有効活用すること⇔昼夜放牧により伸び伸びとした成長を促すことが可能になるため牧場の環境に
合わせて大いに放牧を行うこと。
C 個体毎の適切な飼養管理を行うこと⇔集団管理は禁物である。
D 生産・育成者間での知識・技術の共有化を行うこと。
E 運動器障害の発症メカニズムを知ること⇔病気発症の原因や経過、症状などを知って、早め早めの処置・対応を
行うこと。
F 獣医師の整形外科的メデカルチェック*を受けること⇔個体毎の馬体の特徴をしっかりと把握した上で、運動方法や
栄養給餌方法などを行うこと。
G 発育期は成長に見合った運動負荷が必要であり、過度な運動や使い過ぎによるオーバーワーク(使いすぎ症候群
による疾患)は絶対に避けること。
5)発育期のウマの整形外科的メデカルチェックとは
(1)チェック方法*
@ 外傷・障害についてのチェック
*運動による症状と既往症の把握を行うこと。
*臨床所見(カルテ、各種画像診断)の検分・保管をしておくこと。
*その他の原因や症状から各種検査を適宜行うこと。
A 形態からのチェック
*発育(身体)・発達(精神)状態を把握するための測定を行うこと。
*発育障害(画像診断;X線、CT、MRI,超音波などを利用)のための検査を十分行っておくこと。
アライメント(肢勢、骨整列・並列の状態など)の検査。
タイトネス(筋肉の柔軟性、硬さなど)の検査。
ルーズネス(関節弛緩性)の検査。
B 運動機能のチェック
*運動調節能力(平衡機能・感覚)の検査。
*全身の持久力(Vo2max)の検査。
*各種体液、筋力(伸筋群と屈筋群の筋力のアンバランス)の検査。
左図:若馬のトレッドミルでの運動機能チェック風景。JRA日高育成牧場にて。
右図:若馬の形態からのチェック風景(レントゲン撮影)。BTC診療所にて。
|
(2)使い過ぎ症候群(overuse syndrome)について
@ ウマの運動器疾患の大半は「使い過ぎ症候群」であると言っても過言ではない。
この場合の症候群とは、繰り返しの運動負荷により、筋腱に機械的刺激、摩擦、ストレス等が加わり筋腱付着部、
腱鞘や腱などに外傷性・運動性炎症を生ずる障害・病変を言います。
A 関節では滑膜炎、滑液包炎等を生じた運動器障害(関節炎や関節症)をもたらします。
B 骨では疲労性骨折あるいは過労性骨折などを発症します。
C 運動を休止することによって症状の軽減が見られることが特徴的です。
D 一方では、運動により、症状は再発し易く、軽快と再燃を繰り返します。
E ウマは疲労によって全身感的な症状と局所的な特異的な所見がみられるようになります。
6)競走馬・競技馬の運動器の特性
@ 骨は、骨硬化により弾力性を失い容易に骨折を生じます。
A 関節は、加齢に伴う軟骨の変性が進み、変形性関節症を発症し易い。また、既存病変(無症状)を悪化させ、
関節痛や捻挫を起こし易い。
B 筋肉・筋力は、加齢に伴い低下する。肉離れを起こし易い。
C 腱は、加齢性変化と運動不足・不活動、筋疲労によって弾力性が低下し、腱断裂(腱線維断裂)を発生し易い。
これは生理的予備能力が低下してくるために疲労(運動負荷)からの回復力が減弱しているためでもあります。
左図:装鞍所での出走前の馬体・馬装具検査風景。 右図:放牧場での休養馬。
|
7)競走馬・競技馬の運動器障害の予防
@ 各馬体の特徴を知るために獣医師の整形外科的メデカルチェックの再検査を受け、発育期のチェック成績と
比較検討をすること。
A 日頃から馬体活動の活性化をこまめに行うこと。
B 運動後のストレッチングを欠かさないこと。
C 正しい曳き馬での速い歩行習慣を人馬共に身につけさせておくこと。
D ランニング損傷の多くは、四肢の運動器管の能力発揮を超えた負荷によることにある⇔このことを肝に命じて
馬を管理すること。
E 負荷は、ランニングの質・量・走行フォーム、筋腱の筋力・柔軟性、蹄鉄、走路の性状によって決まる⇔決める
べきである。
F 必要に応じて着地衝撃緩和としての走路や走法、蹄鉄の改善・改良を行うこと。
G 走路の傾斜・コーナー走は、傾斜が高い場合は高い側の肢の内側の障害を、低い場合は低い側の外側の肢に障害が
発症する⇔馬場の形状を把握し必要に応じて改修すること。
H 腰部の筋障害は、体の柔軟性の低下、脊椎支持筋群の筋力低下、背部筋群の過緊張などで発症します。
腹筋や腰背部筋のストレッチング・マッサージ、体重のコントロール、胃腸内容物の減量を行う⇔日頃の飼養管理が
問われる。
I 腰部の骨や関節障害は、脊椎の屈曲‐伸展位動作の反復によって、椎弓の関節突起間部の疲労骨折
(先天性や骨軟骨症を除き)が推測される。従って反復するストレスの減少と筋力の増強に努めること。
時には休養も必要である。
8)休養馬の体重管理
@ 競走馬や競技馬の休養は、休養理由に見合った管理が施されなければならない。
A 過体重と体力維持のためには、運動量の減少に伴う栄養摂取量のコントロールに留意すること。
B 原則的には、糖、脂肪を減らしエネルギー摂取量の制限をすること。
運動休止期は、筋量や骨量の減少が起こるため、高タンパク質・低カロリー飼料を運動時と同程度に確保することが
望ましい。
C 身体機能に悪影響を及ぼさない減量の上限は、馬体重の10%以下が望ましい。
D 休養前の出走体重と比較して、休養期間中の体重増は朝井ら(JRA)の調査では平均約30kgであると言われている。
E 休養期間中の体重増加は、脱トレーニングによる脂肪細胞の代謝活性の低下や脂肪細胞の肥大化による
所謂脂肪蓄積が主因である。
F 休養期間の体重増加率は、大きいほど復帰期間が長く、馬体への負担が大きい。
G 復帰に長期間を要した競走馬は、休養中の体重コントロールがスムーズでなかったことを示している。
H 450kg以下の軽量な競走馬ほど休養期間中の体重コントロールに注意すること。
I 馬管理者は、体重調整のための運動量増加と摂取エネルギー量の制限は好ましいことではない。
むしろ体重増加に注意し、過剰給与を避けること。
|
(第3話)へもどる | (第5話)へすすむ
第1章・第1話へ
第2章・第1話へ
|