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(第4話)出生〜若馬の飼養管理について2 離乳後〜育成期の疾病予防対策
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前回の3章4−1話では、子馬が生まれた時点から育成馬になるまでの飼養管理として主に若馬のエサの管理や運動
そして心理状態について述べました。
今回は、出生から若馬になるまでの期間に重要な事項として、子馬への疾病予防対策があります。
それには日常の栄養管理を重要視することは勿論のこと、各種ワクチン接種、運動器疾患・骨疾患への気配りが大切な
期間なので、主な疾病を取り上げ呟いてみました。
1.ワクチン接種(子馬の伝染病や感染病の予防)と検査
1)馬インフルエンザ;届出伝染病
@ 感染力は非常に強く、日本では近年1971年、1972年に大流行しています。
混合ワクチン接種を義務付けられていますが、混合ワクチンとは、いくつかの異なった病原体に対するそれぞれの
抗原を含むワクチンのことを言います。一度に多くの種類の病原体に対する感染から同時に免れることができる
ようになっています。
A 当歳馬には、離乳前に1ヵ月間隔で2回接種すること。
B 他のウイルス性呼吸器疾患との違いは、インフルエンザの流行速度が極端に早く、発熱と発咳が著しく強いこと
です。(一般に言われるカゼとの区別とされています)。
C 感染した罹患馬は、ヒトと同様に咳を介して空気感染します。安静にさせておけば2〜3週間で回復し、二次感染
(主に細菌感染)がなければ死に至ることはありません。しかし、子馬の場合は肺炎を併発して死亡する場合が
あるので、注意が必要です。
D 伝染病には大まかに2種類あり、法定伝染病は伝染力や経済的損失が極めて大きい場合に定め、届出伝染病は
法廷伝染病よりも緩やかである場合に区分して発令されています。
2)破傷風;届出伝染病
@ 子馬は、生後しばらくの間は初乳から得る免疫グロブリンの働きで免疫抗体が出来ているので、罹患しにくいです。
A 日本では年間数頭の発生がありますが、破傷風は地域特性のある常在菌で1983年に多頭数の発生がありました。
B 局所の深い創傷からの感染で、土壌中に生息している破傷風菌が出す毒素によって起こる急性中毒で、神経毒でも
あります。
C 症状は、深い刺し傷なので、傷を見出すことは難しいのですが、神経症状が出てきて光や音に敏感になり瞬膜の
痙攣や瞳孔の縮小しかも咬筋の痙攣をおこしますので、暗がりで安静にさせ獣医師の処置を待つことです。
D 予防にはトキソイドワクチンの接種があります。また感染後の治療には免疫血清が使われています。
E トキソイドワクチンとは、ホルマリンなどの処理によって菌の毒性を失わせ(抗原活性は有している)、能動免疫剤
として予防接種用に使用されます。
3)日本脳炎;法定伝染病
@ 日本では1965年から数年間の大流行がありました。その後は小流行が時折みられています。
A ブタの体内でウイルスが増殖して馬に感染することが多いので、豚舎の多い地区では注意が必要です。
B 生ワクチンと不活化ワクチンがあり、馬では不活化ワクチンが使われます。
C 症状として、軽度では発熱だけで過ぎる場合もありますが、多くは神経麻痺や痙攣の発症、興奮などで、重度では
麻痺がひどく起立不能となり、高熱、狂騒状態から斃死する場合もあります。
D 馬への感染は、ブタのウイルスを蚊の体内でウイルスを増殖させ⇒馬体への吸血で蚊から感染します。蚊の種類は
コガタアカイエ蚊が有力な媒介者です。
E 特に蚊の発生しやすい地帯の子馬には脳炎ワクチン接種が必要となります。
F 不活化ワクチンとは、死菌ワクチンともいわれ、菌の感染性は失っているが、その抗原性は保たれている
病原菌からなるワクチンを言います。
4)馬伝染性貧血(伝貧);法定伝染病
@ 日本では完全に消滅したとされていましたが最近に至り宮崎で発生がありました。外国には常在している
伝染病です。
A 伝貧ウイルスにより、母体内で感染する場合と、子馬が周辺の感染馬や獣医師による注射等からの感染する
場合があります。
B 症状は、貧血と発熱の繰り返しです。感染10日から2週間で40℃以上の発熱⇒3〜4日で解熱⇒約1週間から10日で
発熱の繰り返しをします(専門用語で回帰熱といいます)。
C 予防するワクチンは無い。定期的検診が各都道府県の知事の告示で実施されています。感染を早く見いだすため
には、毎日朝晩の検温が大切です。検温表からの熱型(回帰熱)で解かります。
熱型模写図:各種熱タイプは病気の早期診断の助けになる。病気により熱の出かた(発熱ともいう)が異なることから、毎日の 体温の計測と記録が大切で、早期に病気を判断するのに役立ちます。例えば、回帰熱のタイプは馬には恐ろしい伝染性貧血 (伝貧)の伝染病の発症を疑います。
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2.子馬に多い骨の成長と発育性整形外科的疾患(DOD)の予防策について
@ 成馬の骨成分は、水分25%、ミネラル45%【カルシウム37%、リン18.5%】、有機質30%(90%がコラーゲン
タンパク質)です。
A 若馬の骨の長さの成長は軟骨(軟骨板、骨端線と呼ぶ部位)から、太さの成長は終生骨膜から起こります。
B 軟骨には血管の分布が無いので(無酸素栄養摂取ともいいます)、体重負荷により軟骨内に栄養液・関節液を拡散
させて栄養を得る仕組みになっています。したがって、多少四肢が痛くても歩いて関節軟骨に負荷をかけなければ
軟骨は栄養をとれずに死んでしまいます。
C 発育期の整形外科的疾患(DOD)は、古くから骨端炎、骨端症、代謝性骨疾患と称されています。
その病変出現部位により病名として以下のように表現されています;
*軟骨板(骨端板、骨端線)の肥厚;所謂骨端症です。
*腰麻痺症候群;頸椎の骨端板の発育不整・不良・腰フラのことです。
*四肢屈曲変形;四肢が屈曲した肢のことです。
*四肢彎曲変形;四肢がソックリカエッタ状態の肢です。
*関節軟骨損傷→骨嚢胞(bone Cyst;ボーンチスト)、離断性骨軟骨症(Osteochondral Dissecans;DOD)、
若年性関節炎などと呼ばれる病気です。
1)成長帯・骨端線の肥厚(骨端症、骨端炎と言う)の出現
@ 発育中の軟骨の変性・肥厚で骨端線部の腫脹が起こります。主に球節や腕節部などに炎症症状(腫れ、疼痛、熱感、
時に赤み)をみます。
A 中手骨遠位端の骨端線(球節部):球節が腫脹し、5〜6ヵ月齢に多くみられます。
B 橈骨の骨端線の肥厚は、12ヵ月齢〜18ヵ月齢ごろに両腕節が彎曲化してきます。皿のように見える膝なので
オープン・ニーズ(Open Knees)とも呼びます。
C 骨端症は必ずしも跛行を示さないが、重度のものは跛行、熱感、痛みがあります⇒骨端線の病変が成長に伴って化骨
(軟骨が骨組織になること)して治ると症状は消失します⇔発症している時は無理な運動は避けることが肝腎です。
無理をして運動をさせると病気が長期化する恐れがあります。
左図:骨の部位の名称と成長過程を示しますが、左側は:若い骨の表面図です、中央は;成熟した成馬の骨の縦断図で、
右側は;若い未熟な骨の縦断図です。骨には長骨、短骨、扁平骨の3種がありますが、ここでは長骨の成長過程を示すために管骨のような長骨をモデルに示しています。図中の3が骨端線・成長帯と言われ骨の成長を促す部位です(成馬では骨組織に変わってしまいます。ちなみに5と10は骨の幅・太さを成長させるための部位です。
右図:東京神代植物公園の早春の桜(アーモンド)
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2)腰麻痺症候群(腰フラ)の発症
@ 頸椎にある軟骨板の変性・腫脹で、頚椎と頚椎を組み合わせている頚椎突起が大小不整に成長し頚椎の変形を発症
させてしまうために椎孔内の頚髄を部分的に圧迫、あるいは脊椎管の狭窄などで腰麻痺が起こる病気です。
A 症状は、不調和な歩行、広踏み歩行、痙攣などを示します。左右両肢に起こるが、とくに後肢でひどい症状が
でます。診断には、子馬を円運動させると明確な症状を示し、後退させると協調運動の不能が観察されます。
これらの症状を一般にウオブラー症候群(Wobblers Syndrome)と言われています。
B 腰麻痺の子馬は、多くは退行性脊髄脳炎、原虫や寄生虫の幼虫の脳への迷入、OC(骨軟骨症)などによって
起こります⇔脊椎軟骨板の肥厚・損傷からの脊髄損傷。頸髄の圧迫などが病理学的検索でみられます。
C 原因は、未だ明らかにされていないが、概して急速成長馬、大型で発育良好な馬、肥満な馬などに多く観察される
ことから、幼駒時代の栄養管理に問題が有るようにみうけられます。
左図:腰痿例の頚椎病変;第6頚椎(C6)後関節突起(矢印)と第7頚椎(C7)前関節突起の異常成長・大きく部分的に成長してしまいます(矢印)。C7には更に多発性のOCD(離断性骨軟骨症↓)が発症しています。3歳、腰痿馬,左鶏跛、寛跛行のために競走馬失格となり安楽死処置されました。
右図:頚椎の骨端線炎;腰痿馬の頚椎の晒骨(バッコツ)標本で、写真中央の第6頚椎(C6)の右後関節突起の骨軟骨症によって起こった骨端線炎(矢印)のために関節突起の骨増殖性異常像を発症し、乗馬で腰痿並びに左右飛節の変形性骨関節症の既往のために安楽死処置された馬です。
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3)四肢屈曲変形の出現
@ 軟骨の発達に影響を受けるような栄養状態が続くと⇒骨端側に比べて骨幹側(骨の中央)の成長の遅れや内側と
外側での不均衡な骨成長⇒それがついには四肢の変形になります。
A 一方、子宮内での胎仔期の変位、関節弛緩、生後の削蹄の失宜、外傷、過度の運動負荷、反対側の肢の跛行などに
よっても起こります。
B 軟骨の成長過程での損傷によって⇒膝や飛節の小さな骨が骨折を起こし⇒四肢の変形が起こる場合もあります。
左図:若馬の定期的なレントゲン撮影風景。右図:若馬の球節側面からのレントゲン撮影風景。
左右図のX線検査で肢の骨の発育状態や骨疾患が見出されます(BTC提供)。若馬には3ヵ月に1回の検査が必要です。
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4)関節軟骨の損傷
@ 損傷した軟骨の一部が剥離すると⇒OCD(離断性骨軟骨症)となります⇒それが関節炎、慢性跛行へと進行する
ことになります。
A OCDの多発部位は:
前膝関節(手根関節、腕節)と飛節(足根関節)が主体で、球節や肩関節は臨床的に症状を示す馬は少ない
ようです(病理解剖では多く観察されています)。発症は6ヵ月齢〜24ヵ月齢に多く、一般に最初の徴候は
12ヵ月齢に最も多く見いだされています。関節の拡張や、軽度の跛行です。2歳時のトレーニングで跛行が
悪化する場合もあります。
B 肩のOCDや骨嚢胞(ボーンチスト)は、多くは12ヵ月〜18ヵ月齢に前肢の跛行、肩関節痛などが起こります。
C 球節のOCDは、関節の両側前部の腫脹が起こり⇒やがて全体の腫脹へと連なります。跛行は少ないようです。
骨嚢胞は5ヵ月〜24ヵ月齢にみられ、トレーニング開始と同時に跛行を示します。レントゲンで診断可能です。
5)腱拘縮の発症
@ 腱拘縮の実態は四肢の屈曲変形のことなのですが。腱が収縮するのではなく、筋肉と腱の機能的な相互間の長さが
正常な肢の伸長(骨の成長)を維持できなくなり、腱拘縮が起こる疾患です。
A 先天的なものは両前球節に出生時または生後数日に出現します。サラブレッドの約1%に発症をみます。
B 蹄関節を含む腱拘縮は、蹄踵が上がる所謂クラブフッド(彎曲足)となります。蹄踵は長く成長し、蹄尖は剥がれ
磨り減っていき、この部の蹄底は挫傷し、膿瘍ができ、重度の例は蹄壁の前部が垂直に起ち、球節が前に飛び出し
ます。哺乳期の6週齢ごろに多く見い出されます。
6)DODの発生原因=原因から予防を考える=
@ 急速な成長。骨発育板・成長軟骨帯あるいは関節軟骨の損傷。遺伝性素因。栄養上の不均衡などが推察されて
います。
A 相互に関連する要因に更に他の影響が原因となる場合もあります。
B 発生が最も多い時期は急速に発育している時期です。
C 急速な発育は、遺伝性、高エネルギー摂取、低栄養後の高栄養摂取に伴う代償性発育などによります。
D 遺伝的素因+高エネルギー、高蛋白飼料の維持などで成長を速めて躯幹部を重くすると発生します。極度の運動も
発生の引き金となります。
E 骨発育領域への損傷としては、極端な運動+体重の負重によります。
F 最も大きな原因として、過剰なエネルギー摂取+栄養素の不均衡から起こるとされています。
G 予防として、発育・成長に相応しい栄養の給与と適度な運動が重要です。
3.1歳〜2歳馬の飼養管理
1)1歳馬以降の発育
@ 118日齢以降は、牝牡の体重、体高、胸囲の差が大きくなっていく月齢です⇒個体ごとの管理が重要になってくる
ことを示しています。
2)飼料の給与基準は?
@ 必要以上にエネルギーやタンパク質を摂取した場合は、成長速度は早まるが、むしろ脂肪が蓄積して体重が増加して
四肢に負担がかかるだけです。
A 1歳馬になってからは、穀類と牧草の比率を60%対40%にすること。15ヵ月齢〜18ヵ月齢は同程度の50%に
すること。
3)放牧管理の重要性
@ 1歳および2歳馬では、1頭当りの面積は0.6〜0.8haとすること。
A 2ha〜3haの放牧地に4頭〜5頭の若馬を放すこと。
B 可能な限り長時間放牧が良い。昼間放牧、夜間放牧、昼夜放牧がある。
C 昼夜放牧;若馬の草食行動時間が長くなる。
D その利点は?
*行動距離が約3倍に増加します。
*日内リズムに合った草の摂取が可能となる。
*顎の発達を促す。
*精神的な逞しさが備わる。
D 放牧地の管理は、若馬を健康で、快適に過させ、適切に生育発達させるために大切である。
E 放牧地の草種は、イネ科とマメ科の混播、あるいはイネ科の単播にするかは→土壌の活着性の強い根を持ち、馬の
嗜好性の良い草種を選択すること。
F 草丈は、15cm程度に刈り込み、馬が採食し易いようにすること。
G 馬糞は、毎日拾うこと。
H 放牧地の土壌と草は年に1度は化学分析し、検査成績に基づいて施肥を考えること。
I 原則として、化学肥料は草の摂取により略奪されていく窒素、リン酸、カリウム量を補う程度にすること。可能な
限り堆肥などの有機質肥料を散布して地力をつけることが重要です。
J 牧柵は、常に巡回監視すること。水は十分飲めるようにしておくこと。
K 放牧地は1ヵ月〜2ヵ月休めながら輪環放牧(りんかんほうぼく)にすること。
その利点は;
*草の再生力を増し、生産量を向上させます。
*土壌の疲弊化(ひへいか)を防ぎ、草の栄養分濃度を維持し易いことです。
*不良過繁地を少なくし、踏圧(とうあつ)による裸地(らち)を少なくすることになります。
*放牧地を日光消毒することが出来、寄生虫卵の除去が可能となります
(4)ウォブラーを対象にした脊髄と脊髄炎の臨床検査:
*参考までに難しい腰痿馬の診断・検査法を紹介しておきます。
左図:脊髄検査;ウォブラーの場合。(馬の臨床神経学1985 JRA総研を参考)
上段:左側:ウォブラー(頸椎奇形)の場合は、小回りする時に外側の脚を外転します。
右側:脊髄炎に罹患した馬ですが、小回りする時に後肢を交叉してしまいます。この違いから
脊髄の病気か頸椎骨の病気かの診断の目安となります。
下段:ウォブラーにみられる一般的な軟化巣領域(斜線部);症状と一箇所か複数個所かの脊髄病変@〜Dについて:
@ 両前肢の異常⇒頚髄に病変あり。しかし、2箇所以上の病変は臨床的に診断困難。
A 左前肢異常⇒1箇所の病巣の場合。
B 左前肢と右後肢の異常⇒2箇所の病巣。多くは1箇所の病巣が強調されて誤診し易いので細心の注意が必要です。
C 両後肢の異常⇒軽症では外側の後肢が外弧歩様を示します。中等度では直線上での常歩で外弧歩様が更に顕著
となり、後方から見た場合は左右の後躯の揺れが強調されて観察されます。重症では速歩で運動失調、常歩での
小回りで転倒しそうになり、起立困難な状態になります。
D 四肢の異常⇒前肢よりも後肢で重度な症状がみられます。
右図:脊髄炎の場合の検査。
上段:前肢または両前肢の障害:脊髄の頸膨大部を含んだ脊髄炎は後退をさせた時⇔馬は嫌がり前肢の運動を拒みます。
蹉跌し障害物を嫌います。後退で前肢を引きずる場合は⇒脊髄の灰白質と白質に病変があることが多い。麻痺と
筋萎縮がある場合は⇒病巣が顕著で脊髄から出ている末梢神経の腹根と腹角に病変を有していることが多い。
下段:胸と腰の両側に病変のある場合:胸と腰の両側の脊髄炎の場合は、後躯を下げ、両後肢をゆっくりと引きずり、
後退をさせると馬は嫌い後肢を動かすのを阻む。強く前から押すと犬座姿勢をとります。
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